月と太陽

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リリザの門

3.

さて、どうしよう?

躊躇の後、結局僕は戸を開けた。旅装束をまとった黒髪の若者が立っていた。紛れも無く、ローレシアの第二王子アベルだった。

「よお、元気そうだな。」
鋭い光をたたえた灰青色の瞳が僕を見下ろし、右手が差し出される。
握手を交わしながら、僕は軽くショックを受けた。頭一つ分、とまではいわないが、目線の位置が全然違う。2年ほど前に会ったときは、同じくらいの身長だったのに。

「君は随分と背が伸びたね。再会できて嬉しいよ。」
努めて低い声で、儀礼的に答えた。発声に気をつけていれば、声だけで僕を女と思う者はいない。人知れぬ苦労の末、今はかなりの低音を保って話す事が出来た。

「お前は変わらねえな。会えて嬉しいぜ。大陸中探したからな。」
長い睫毛に縁取られた瞳を細くしてアベルは微笑んだ。台詞には毒があるが、僕はとぼけて気づかぬ振りをする。

自分と同じくロトの血を引くこの王子が僕は苦手だった。

文武両道、若くして勇猛果敢の誉れ高く、欠点は魔法が全然出来ないことくらい。
僕の覚えている彼も、親分肌でいつも自信に満ちた男だった。国内ではこれぞ王者の器よと、兄の第一王子の影が薄くなるほどに民衆の人気を集めているという。
確かに守られる側、統治される立場にあれば、誰でも彼のような人間を望むだろう。

だけど僕はそうではない。だからいやだった。
仮にも僕と彼は同い年、しかも共に「王子」なのだから一応は対等な立場だ。
だが、華奢な僕を見る彼の眼差しは、いつも暗黙のうちにこう語っていた――お前は俺より格下だと。そして、善意からか保護欲からかは知らないが、会うたびにお節介を焼いてくれた。
それもかなり自分勝手なやり方で。

今もそうだ。

「何があったか知らないが、お前の家族が心配していたぞ。お前には悪いが、その腕で単身ハーゴンを倒しに行くなんて自殺行為だと。」
壁にもたれ、外した青い頭巾を手にもてあそびながら彼は言う。
「んでもって、頼まれた。無理にでもお前をサマルトリアに連れて帰ってくれと。」
悪く思うなよ、と彼は肩をすくめた。

なるほど。用件の内容とその失礼さは、共に予想の範囲内だった。が、さりげなく確かめておかなければならないことが一つ。
「…家族の誰に頼まれた?父王か、それとも…。」
「いや、直接的にはお前の祖母君だな。泣いてたぞ。なんでも、お前の親父さんは体面があるから総領息子を連れ戻してくれなんて言えない。だから自分が代理に頼みにきた、という話だったが。依頼の書状まであったぞ。」

やはりな、と苦々しい思いがこみ上げてきた。
父が僕を捜させるはずは絶対に無いからだ。
祖母は――いや、やめよう。感情的になったら、彼に怪しまれる。

しかし、それでもやはり動揺していたのか、つい、挑戦的な台詞が口をついて出た。
「悪いけど、君と一緒には行けないよ。こっちだって覚悟があるんだ。邪魔をするなら、こっちもそれなりの対応をする。」

すると、「ふん、そうか」と、アベルが満面の笑みを浮かべた。獲物を前にした獣のような目で。

そして、客室の戸を指差し事も無げに言い放ったのだった。
「じゃあ、実力で俺から逃れてみろ。俺から逃げてあの廊下まで出たら、お前を自由にしてやる。武器や魔法を使ってもいいぞ。」
ただし、宿を壊したらお前が弁償だと彼は付け加え、余裕綽々に腕を組んで僕の前に立ちふさがった。

僕はあまりの強引な展開に唖然とし、慌てて抗議したが彼はまるで聞かない。
「人間の俺から逃げられないヤツが一人で、魔物退治の旅なんか出来るわけないだろ。」
そして、逆らうならこの場でお前を気絶させて無理矢理引きずって行く、とまで言った。
「どのみち、逆らえば有無を言わさずそうするつもりだったんだぜ。それが、機会をやるって言ってるんだ。ありがたいと思えよ。」

ありがたく思え、か。馬鹿にしやがって。そういうところは変わっていないんだな。
これ以上話しても無駄だと悟り、無言のまま、相手に向き合う。

最悪だった。腕力では絶対に叶わない。
しかも魔法はといえば、実は、治癒呪文しかまともに使えない。

だが旅の途中、魔物から逃げるために何度も使った手段があった。覚えかけの攻撃呪文でめくらましや脅し程度の炎を出して、相手に隙を作らせるという手だ。

そうだ、今回も同じだ。逃げればいいのだから。
僕は即座に、呪文の詠唱に入った。
しかし――。

「甘い!」
一瞬精神を集中した隙に、王子が僕の間合いに入り込んでいた。
速い!
間隔を保つためとっさに僕は腰の短剣を抜き、後ろに飛び退る。素手のままの王子と向き合った。
「よーし。反応は悪くない。さあ、どうした。魔法はやらねえのか。」
意地悪く問いかけられ、僕は唇を噛む。
「なるほど、まだまだ修行中ってわけか。剣を抜いてしまうと魔法に集中できない。だけど詠唱は遅い。不便だな。」

うるさい、黙って勝負しろ、と怒鳴りたくなるが、叫ぶと声が甲高くなる恐れがあるのでぐっとこらえた。
向かい合ってにらみあったまま、時ばかり過ぎていく。



続く


作者後記
なんか、長くなってしまった…。LV1のサマ王子はホイミしか使えないのだけど、それを厳守するとちょっと厳しかったのでズルしてしまいました。

【追記】今更ですが、誤字脱字があったのに気づき弱冠訂正しました…(2007/11/3)
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