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 王女様との会話

3.

安宿の狭い階段をのぼり寝室の扉をノックするが返事はない。
おかしいなと思いつつ鍵で戸を開けて中に入ると、彼はそこにいた。窓際に面した机の前に座り、組んだ腕の上にうつぶして眠っている。そばには地図やら筆記用具やらが広げられたまま。考え事をしながらふと居眠りしてしまったという感じだ。

しかし、ノックの音にも起きないとは重症だな。僕が鍵を持った敵だったらどうするんだ?
僕は起こすかどうか迷いながら部屋の中に入り、机のそば、ちょうど彼の背後にある寝台の端に腰掛けた。その瞬間、ふと彼が目を見開いた。

「ごめん。起こした?」
「…いや、足音と気配で半分起きてた。」
そういって、少し寝癖がついた前髪をおっくうそうにかきあげながら、彼。
「なんだ。じゃあ開けてくれよ。ノックしたんだからさ。」
「あぁ…わりぃ。すげー気持ちよく寝てて…。とりあえずお前っていうのはわかったから放っておいた。」

ふと僕は、彼の傍ら、右側にいつもの武器が立てかけてあるのに気づいた。いつでも鞘を抜けるような角度で。そして、彼のいる位置だと階段の音がよく聞こえる。なるほど。やはり戦士だな。

「…お前、なんか取りにきたんじゃないのか。」
涼やかな青い瞳が僕を見る。まだ少し眠気も残っているらしく視点がどこか定まらない。さっきいじったせいで、短めの柔らかい黒髪が更に思い思いの方向にはねている。
「いや、君と話がしたくてさ。」
「へ?なんでまた。」
ほら、やっぱりね。予想通りの反応。

僕は王女の言った事は半分くらい忘れることにして、とりあえずこんな風にいった。さっき、マリアムが急に君が僕の誕生日覚えてて何かしてくれるつもりだったっていう話をしたから、今更だけどお礼を言っておきたくなったんだ、と要点のみを簡潔に。
彼はぽけっと口を半開きにして聞いていた。モロに何を話してるんだこいつは、という表情で、僕も間が悪くなる。

「いや、つまりね、僕はその日留守だったでしょう。知らなかったとはいえ、君の好意を無にしたようでそれも悪かったな、と思ったんだ。」
「…ああ、いや…別にそれは、いいよ。こっちも急に…思いついただけだし。」
ようやく話が少し飲み込めたという顔で、頭をかいて彼は横を向く。

「でもどうして、急にそんな話するんだ。あいつ…マリアムお前に何か言ったのか。」
「…まあ、彼女がいうには、君が、その、少し怒っていたっていうもんだから。僕は気になって。」
「え、俺がぁ?別に。そりゃ、まぁ、ちょっと何だよとは思ったかもしんないけど…。」

全く想像通りの返答で、僕はこんな話をしにきた自分をマヌケに感じた。

「いや、まあ、ここ数日君、なんか機嫌悪そうだったし。」
ああ、と王子はようやく要領を得た様子で僕を見た。
「確かに。そういえばそうだな。いや、最近武器のことで悩んでてさ。」

イグナシオはつい先頃、ちょうど僕の誕生日と前後するあたりに使い慣れた武器がイカれたので、ちょっと奮発してドラゴンキラーに買い替えた(会計係である僕が許可を出した)。だが、どうもまだしっくりと手に合わず、思うように使いこなせなくてイライラしていたのだという。

「ショックだったぜー。今まで一撃でしとめられてたようなモンスター相手に苦戦して、呪文で援護されるはめになったりしたじゃん。高い金だして買った、前より性能いい武器のはずなのにだぜ?」

それで、ここ数日はいつもより武芸の稽古の力を入れ、今日、ようやく何かがつかめてきた感じなんだ、と彼は満足そうな顔をした。
そうだったのか。僕や王女は彼がそうまで言うほどスランプに苦しんでるとは思っていなかった。別にいつもより援護させられた覚えもない。ただ、最近彼の攻撃が多少豪快さに欠けるという気はしていたかもしれないけど。

「そうか…。ならば、良かったよ。」
「お前らに心配かけたのなら、悪かったな。」
彼は少しばつが悪そうに肩をすくめて笑った。
「いや、変な気を回してこっちも悪かったよ。あと、誕生日の件は覚えててくれてどうもありがとう。」

僕はそう言って何気なく彼の左肩に右手を置いた。その瞬間、彼が少し微笑んだまま、何かを伺おうとするような眼差しで僕をじっと見た。僕は動きをとめる。急に、右手のひらに相手の体温やらしっかりした肩の筋肉やらが意識されて奇妙な気分になる。

「な、何だよ。」
一瞬の沈黙の後僕は手を引っ込めた。頬が熱い。

別に、といって彼はふいと僕に背を向け、大きく伸びをした。そして、お、マリアムだ、と一言。確かに階段を上ってくる軽い足音が聞こえてきた。相変わらず耳がいい。

間もなく王女が戸をノックし、夕食の用意はどうなっているのか、と小食の彼女には珍しいことを聞きにきた。



続く

作者後記

 見事になんもおこりませんでした…。次回、思い込みはげしめなサマ王子の独白+α。

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