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 王女様との会話

2.

道すがら、もやもやとさっきの会話がよみがえってくる。

僕が人情の機微をわかってない、ねぇ。
でも、イグーだってそうだと思うぞ。
わかってないな王女様。あの男に感傷なんてあるものか。脳みそまで筋肉で出来ているローレシア人だぞ(暴言)。

それだけならまだしも、時々礼儀がなっちゃいないね。この前なんてさ、終わったらさっさと起き上がって一人で身体洗いにいく…のはまあいいとしても、傍らの僕を踏んづけないくらいの配慮は欲しかった。

まあ、いーけどね。

でも、さっきの最後の台詞は気になるな、「自分の胸に聞いて見なさい」…???

散歩から戻ると王女も既に帰っていて、宿の広間でぼんやりと街で買ったらしい色刷りの冊子を眺めていた。僕が声をかける前に彼女はすぐ気づき、にこりと笑う。そして突然僕に見ていた本を差し出し、言った。

「これあげるわ。」
「へ?あっ!これはまさか…。」
「そう。前に言ってたやつよ。さっき偶然そこの古書市で見つけたの。『スライムベス博物誌別巻』ドムドーラ版。それも初版の手彩色挿絵付きよ。」
「す、すごい…。しかも、保存状態もすばらしい…。よく見つけたねえ。本当にもらっちゃって、いいの?」

それは、一部の魔法&モンスターマニアなら鼻血が出そうなレア物だった。いいわよ、値打ちのわからない人が叩き売りしてたのをもってきたんだし、と王女。まさかこんな辺境の地でお目にかかれるとは。思わず真剣に興奮してしまう僕。でも、待てよ。

「ありがとう。でも、なんで急に?」
「あなたの誕生日祝いよ。こないだだったんでしょ?少し遅くなってしまったけど。」

自分の誕生日!そうか、そういえばそうだった。でも、どうして王女が知っているんだろう。

「おめでとう。19歳になったのよね。」
「ありがとう。すっかり忘れてた。…でも、どうして?話した事あったっけ?」
王女は、やだ、忘れてたの?と笑った。
「つい昨日、イグナスに聞いたのよ。だから本当の日には間に合わなかったの。」

ああそうだ。あいつは知っているんだ。18歳の誕生日を僕は一人旅の道中で迎えた。それはリリザで彼に出会う少し前のことだった。彼はといえば僕と入れ違いにサマルトリア城に寄っていたものだから、僕との出会い頭に「そういえばお前の親父さんから誕生祝いを預かってるけど」といって、小箱一杯の宝石細工を僕に手渡してくれたのだった。もちろん、売って旅費の足しにしろという意味だ。これは素直にありがたかった。

「イグーが覚えているとは思わなかった。」
自然に笑みが浮かんできた。あれからもう一年近くもたつと思うと感慨もある。

「彼はお祝いするつもりだったみたいよ。でも、肝心のあなたがいなかったのよ。」

え、そうだっけ?あ、そっか。僕は思い出した。
角のパン屋で出会った女の人とお食事に行っていたのでした―。でも、それならばさぁ…。

「前もってそう言っておいてくれれば良かったのに。誕生日のこと僕は忘れていたし。」
と、言ってしまってから僕は、あ、もしかして、と気づいた。僕の心を読んだかのように王女が頷く。
「そう。私に、言い出しにくかったみたいよ。それで昨日まで私は知らなかったの。」

実は、僕の誕生日は去年のムーンブルク襲撃から一週間と離れていなかった。そしてつい先頃、僕らは死者の冥福を願う長い祈りを捧げたばかりだった。直後に誕生日だの記念日だのという言葉を言い出しづらい感覚はわかる。

「私は全然、気にする事はないって言ったのだけど。」
彼はそういう人なのね。人が言葉に出せない部分のことをすごく気にするの。それだけに、自分の気持ちや考えもあまり説明しようとしないのよ。
なんか、やたら色々な食料を買い込んで帰ってきたと思ったら、その後何も説明せず一人で機嫌悪いんだもの。それで昨日話をしてたらあなたの誕生日がどうのとか言い出したのよ、と彼女は続ける。

要するに彼女の解釈によれば、事前に僕に知らせて王女と何かを企画するのは成り行き上やりづらかったので、黙っていて驚かせようと思った。そしたら肝心の僕が「浮気」してたので、そのままやる気を無くして昨日まで黙ってた、というのだ。

僕はとりあえず話を神妙に聞いていた。確かに、普段の彼は八割方ガサツなのだが、その一方で妙に繊細な、優しいんだか不器用なんだかわからないところがある。王女は結構人の事を見てるもんだなと僕は素直に感心した。

…が、それにしてもだ。彼のようなヤツが、誕生日を祝ってやろうと思ったのに僕が他の女の子と遊んでて居なかった、云々の件を三日間近く気に病んでいるとは到底思えない。王女は勘ぐり過ぎ。僕ら男は女の子みたいに細かい事でクヨクヨしないってば。
…こういう乱暴な一般化をすると女性差別だと怒られそうだが、彼女もサマルトリアに対して数々の野蛮な言説を吐いたのでお返しだ。

僕が黙ってるのをいいことに彼女は、奥ゆかしさがサマルトリア人とは違うわね、繊細すぎるのも困るのだけど、と更なる暴言。んでもって、余計な質問までしてきた。
「で、その女の子とはその後どうなったの?」
デリカシーないのはどっちだ。

「…彼女とはただのお友達です。お近づきにお食事しただけ。そういえば、イグーは?」
これ以上質問されてたまるかと、僕は話題を強引に誘導。

「さっき帰ってきたみたいよ。部屋にいると思うわ。」
「彼とちょっと話してくるよ。」

まあ、いずれにせよ、彼にはお礼を言っておきたいし、最近まともに話してないからいい機会だと僕は思ったのだ。



続く

作者後記

王女のプレゼント、ほんとは福引きの商品にしたかったけど、よさげなのがうまく見つからなかった…。

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