酔っぱらい王子



:::: R指定 ::::



「やーっぱ、すごいよなー…。才能もある上に、育ってきた環境も全然違うし。」

酒瓶片手にやつがふふふ、と嗤った。北国育ちの白い肌がほんのりと上気して、まぶたがとろんと下がっている。


「魔法で育ったお化けみたいなのと比べてどーすんだよ。」

気休め程度に言ってみる。でも、お化けっつうのはある程度的を得てると思う。当人には悪いけど。

今日のカリムはいつになく自虐的だった。まあ、そりゃ―無理もない。今まで、ハードなときはこいつの快復呪文がたよりで、それはちょっと頼りない剣の腕をカバーして余あるモンだった。ところが、真空のカマイタチやら、かかると体力余って鼻血が出そうな大快復呪文やらを連発する犬姫様のご登場以来、すっかり影が薄い。

「だいたい、ありゃーどうかと思うぜ。魔法はそりゃ、すげぇけど、社交性ないじゃん、あいつ。俺なんか、まだまともに普通の会話とかできないし。」


そう。俺にとってこれは大問題だった。ムーンブルクはだいーんぶヘンピな所だったらしく、未だに宮廷の公用語が古代語だったのだ。古代語。魔法の詠唱に使うアレだ。もちろん、王女はバカじゃないから、っつうか、はっきりいて無駄に賢いから、俺たちの国の言葉はしゃべるし、どころか、自国領内のよくわからん少数部族の言葉までも使えるらしい。だが、王族同士の優雅な社交で使う言葉がしゃべれるからっつって、日常の生活の細部にわたってに支障がないというわけでは、断じて、ナイ。


「お前はいーよな。古代語出来て。最近二人だけで仲よさそーによくしゃべってるし。」

古代語は過去の文明を伝える書物の読解や、その文明の産物である魔法の習得に不可欠で、俺はこれがからっきし、ダメだ。親父が何人も家庭教師をつけたが無駄だった。


「そんなことないよ。僕の古代語は彼女の現代語を使えるレベルにくらべると、全然レベル低いんだ。こっちが練習させてもらってるっていうのが、正しい。」

謙虚だ。泣けてくるぜ。生まれて最初に覚えた言葉が古代語だったつー恐ろしい環境に育った王女はおいとくとして、俺から見ればこいつはすごいエライと思う。なんでも、13かそこらで古代語をマスターし、今じゃその方面ではサマルトリアきっての大秀才とかいわれて、小難しいことをいっぱい知っている。

「えー、お前、あいつの現代語のレベル高いと思うかー?たまに俺の言う事ぜんっぜんわかってないぜ、あの王女様。」

っつうか、俺がしゃべるたびに、もう一度繰り返していただけます?とか、『ノーナシヤロー』ってどのような意味なのかしら?とか、いちいち質問が返ってきて、むかつくんだよな。
すると、ぶっ、ととなりでむせる音。みると、やつが麦酒でむせて笑い死ぬ寸前。

「ゲホ…そりゃ―君…、使う語彙に問題が有るよ…ゲホゲホ、あー苦しい…。」

「どう問題が有るよ。」

「だぁーって、相手は、外国のお姫様だよ?」

そういって俺をじっと見る。嗤いすぎて目が潤んでいる。緑色の瞳はろうそくの淡い光に照らされ、翳って灰色に見える。麦酒を盛大に吸い込んだらしく、まだちょっと苦しそうだ。お前だって隣国の王子様だろう、と俺は思う。

「そりゃ彼女には酷だよ。むしろ僕、ときどき驚いてるくらいだ。君、僕の妹にだって使わないような言葉で彼女に話しかけるんだもの。」

あ、そうか、そういえばそうかもしれない。なんでだろ。

「まるで彼女を試してるみたいにさー。」

そういってくいっ、とやつはまた麦酒をあおる。さほど強くないくせに、今日はよく飲む。俺はといえばつぎ足された杯の中でぽつぽつと黄金色の気泡が上ってくるのを見つめるばかりでさっきから進まない。

こいつとこんなに話すのは久しぶりだ。お姫様がきてから、宿屋で眠るとき以外はいつも三人。しかも日増しに旅のハードさは増していくから、最近はもう、昼間はお互い本当に必要なことだけしゃべり、黙々と行進し、夜はバタンキューだった。んで、それでもちょっと余裕が有るときはたいてい、やつと王女が古代語混じりの小難しい話をしてる…。


「君も最近元気ないよね。イグー。」

「へっ?」

気がつくとやつの緑の目が見てる。急に話をふるなよ。俺は目をそらす。

「…あー、なんか確かにちょっと疲れ気味かも。ほら、ムーンペタからここまで、結構ハードだっただろ。」
違うな。ちょっと違う。自分でも今何かをごまかした気がした。だが、何かはわからん。面倒くさい事を考えるのが俺は嫌いだ。ちょっと悩み事が有ると弱いくせに飲んでグダグダ愚痴をこぼしたがるこいつとは違う。


まだやつの視線を感じる。なぜか急に頬がほてるような気がした。おかしい。これっぽっちの酒で、この俺様まで回ってきたのか?負けてなるものかと、俺は目の前の杯を空にする。

ぼんやりと窓から月を見た。もう深夜をすぎた。王女は疲れたと行って早々宿の自室に戻り、せっかく久しぶりに大きな街で過ごせる週末なのですもの、私の分まで楽しんできてねと俺たちを酒場に残したのだった。



* * *



空が白み始めて、鳥の声がうるさくなり始めるころ、俺たちは宿屋に戻った。

「うー、ねぶたい〜。」

気持ちよく酔っぱらったヤツが、戸を開けるなりだらしなく寝台につっぷして沈み込む。

「上着と靴くらい脱げよ。」

「う〜ん。」

いかにもやる気のなさそうな返事をしたままやつは動かない。仕方がねえ。俺はやつの上着の袖をつかんで、脱がしてやる。

「 むにゃ。…ありがと。」

意識有るなら自分でやれよ、そう言ってやったが、目をつぶったまま王子様はいとも満足そうに微笑んで無言。むか つく。

一向に動こうとしないやつの背中に、そろりと俺は体重を移す。

「おい、今寝るとこのまま犯すぞ。」

間近に迫るやつの横顔に言ってやった。瞬間、あいつがぱちりと目を見開いた。結構睫毛が長い。驚け、ざまーみろと俺は思う。燭台の光で、赤毛が鈍く輝く。完全に多いかぶさる姿勢になった俺の下、やつが苦しい姿勢で右肩を起こして斜め上向き、視線がかちあった。そして俺の左耳にささやいた。

「…気持ちよくしてくれるなら、いーよ。」


そう来るか、お前。麦酒と男の汗の臭いしかしないが、至近距離から吐息が耳をくすぐったので思わずぞっとした。
この姿勢でのしかかられると首と肩が痛い、とやつが言うから、改めて仰向けにさせて、その上から乗った。

目の下で王子様はくすくす笑い、乱れた前髪を少しうるさそうに払う。男の身体は固くて、こいつのような細身でも、骨格をしっかりと感じる。慣れない感触に俺は戸惑い、それでいて妙に興奮する。

やつはといえば先ほどからなんだか余裕をかましていて、見下ろされているくせに不敵な笑みを浮かべている。俺と違って、これまでに男も知ってるからだろう。サマルトリアは少し自由すぎる国で、その気がちょっとでもあれば経験するのは簡単なんだといつか聞いた事が有る。

俺の方が怖じ気づいてるみたいなのがしゃくに障ったから、女にするみたいに強引にキスした。やつはすんなり答えて、舌など絡めてくる。しかも、うまい。負けてなるものかと応戦して、深みにはまる。


最後に女と寝たのはいつだったっけ?

だいたい、こっちも身分のある身でうかつな関係は作れなかったから、たいていその場限りの相手だった。更に最近なんてずっと旅の空だから、玄人と一、二度縁があったのを除けばすっかりご無沙汰。こいつも同じなのかな。



気がつくとやつの手も俺の腰にまわってる。アルコールですっかり正体無くなってたのが嘘みたいに積極的だ。身体の方だってすっかり準備OK。俺もすっかりその気になって、お互いの服を脱がしにかかる。


ふと、そんなことをしながらも王女の顔が脳裏に浮かんだ(目の前の男が、一応は少し似ているからだろう)。
俺たちは今なぜかこんなことをしているが、お姫様は今頃気持ちよく眠っているのであってほしい。いや、そうでないと困る。




明日会ったらこっちから挨拶をして、簡単な会話なぞ試みてみよう。そして、三人ではなせる話題をまずは探してみよう。

夢うつつに俺は思った。







おわり
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