mon enfant, tu porteras mon nom.

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  リリザ  



礼拝の時を告げる歌が聞こえる。聖なる言葉にのせたその調べが、今は疲れた身体にしみいるように気持ちいい。

ここから更に東に進み、深い森を抜けるとローレシアだ。そこでは、もはや歌声ではなく、礼拝堂の鐘楼が日々の勤めをを知らせる。また、その信仰は我が国よりも強く、純粋だという。
アレフガルドから旅立った勇者の信仰をそのまま受け伝えた地。その息子がサマルトリアの森に分け入り、凋落しつつあった異教徒達の都市国家を平定、統合して今の王国が有るのだと、子供の頃から繰り返し僕たちは教わってきた。


被征服者の娘を娶ったロトの子孫。
没落しつつ有る家の娘が、勢いづいた一族の男のモノになる。
土地も、文化も、信仰も、全て。

そして僕はその末裔。






僕には二つ名前がある。

一つは、ロトの伝えし光にちなむもの。

そしてもう一つは―――古い記憶を伝えるもの。
光の影に霞み忘れられ、秘密に近い儚さで、それでも脈々と伝わる熱い血の証。









「初めまして。ローレシアのイグナシオ殿下ですね?」

にこりと愛想よく笑って、亜麻色の髪の青年が手を差し伸べた。
イグナシオより少し背が低く細身であるが、すらりと均整の取れた手足の長い身体に灰緑色の法衣をまとい長剣を帯びた姿には、道行く人をふと振り返らせる風情がある。

「お前がサマルトリア王子、カリムか。」

思わず、サマルトリア王宮内で何度か聞かされた名前が口をついて出た。
耳慣れない名なので返って記憶に残っていたのだろう。もう一つの名を知らないわけではなかったのに。
目の前の青年が、驚いたように長い睫毛に縁取られた翠色の瞳を見開く。そして、苦笑して言った。

「ローレシアの王子様からその名前で呼ばれるとは、思わなかった。」
「…何かまずいのか。これ、お前の名前だよな?」
「そう、僕の名前です。でも、覚えにくいでしょう?ローレシアには無い名前だから。公式には僕、オルフェオといいます。カリムは二番目の名で、まあ、ごくわずかな知り合いだけが僕をこう呼ぶんだ。」
「へぇ。サマルトリアの王族に名前が二つあるのは聞いてたが…そういう違いがあるとは知らなかったな。」

王子はいともにこやかに微笑んだまま、説明を付け加えようともせずに、ええ、面白いでしょう、と適当な相づちを打つ。それを見てイグナシオは、直感的に、こいつ、腹に一物ありそうな笑い方しやがる、と思った。
理屈をこねるのは苦手だが、野生の勘みたいなものへの自信はある。

「でも、どっちで呼んでもいいんだろ。」
「ええ、あなたの好きなように。イグナシオ。」
「じゃあ、カリムって呼ぶぞ。いいな。」

強引にそう決めてやった。端正な顔が一瞬緊張したのを見て見ぬふりして、イグナシオは視線を反らす。
馬鹿め。気に入らないなら口に出して言えばいいんだ。

「…俺のことも、適当に呼べばいい。いちいちイグナシオじゃまどろっこしぃだろ。」
「では、イグーとでも呼びますか。」

そっぽを向いたイグナシオの耳に、サマルトリア王族の風雅な発音が心地よく響く。眼差しを戻すと、先ほどと全く変わらぬ柔らかな殿上人の笑顔。只その瞳だけがわずかに、先ほどより挑戦的に光っている。



最初からある程度察しがついていた。無骨な武人と雅びな殿上人。力で征服した者の子孫と、気位だけはいつまでも高い古い一族の血を引く王子。
異文化、異世界の住人。相容れないとしても仕方ない。

だが、向こうに歩み寄ろうという気配が微塵も感じられないのが癇に障った。その笑顔が非の打ち所無く優しげであるだけに一層、適当なところで厄介払いしたいという意図が透けて見えた気がした。


いけ好かねえヤツだ、と胸の内でつぶやく。
それがサマルトリア王子の第一印象だった。




END



【作者後記】
オリジナル設定入れまくりですが…「蛮族の子孫を平定」に色々妄想して出てきた小話です。
なお、「蛮族」というのはローレシア側の視点で、サマルトリア自体はそう思っていない。むしろ、交易など商業が発達し人の行き来が盛んであるだけに、ムーンブルク文明に影響された文化が花開いていた、というのが管理人の勝手な妄想です。
商人の自治による都市国家が乱立してたので、武力と強いイデオロギー(ルビス教)を掲げたローレシアに勝てなかったのです。また、ローレシア人がサマルトリアを「野蛮」と思ったのは、まず、比較対象として、ムーンブルクに比べれば確かに文化水準は低く成金ということ(だけどローレシアよりは風雅)が一つ。あと、生活レベル云々よりも慣習や風習(結婚の制度や食習慣など)で「野蛮」と思われていたというのがある…という設定です。

あと、これまた勝手にねつ造した「礼拝の歌」ネタですが、ローレシアによる侵略の前にあった異教徒達の風習の影響を受けたもの、という設定です。ぶっちゃけいうと、インスピレーション元は、イスラム世界のモスクです…(すいません)。


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